わたしの珍職業:探偵(仕事編)

「ごめん、今尾行中だからあとでかけなおす」

ぶっきらぼうに言葉を発し、携帯をつかんだ手をポケットの中にしまった。

そして視線の先にいるターゲットを逃さぬよう静かに追う。

なんてことない普通のTシャツ、デニムにスニーカー、街中の尾行ならこれがちょうどいい。

決して目立つことなく、その場の雰囲気にうまく溶け込む。

これが尾行の鉄則と先輩探偵に教わった。

探偵事務所で1番多かった業務が尾行。

尾行と一口にいっても不倫現場をおさえるためのものや工作用など様々。

もちろんこれまで人の後をつけたことなんて1度もない。

先輩探偵にやり方を聞くも

「とにかく見つからずに後をつけるんだよ」

それだけだった。

聞くより実践で慣れろ、ということらしい。

雑踏の中に身を潜め、息を殺しながらターゲットの後ろを歩く。

肩から下げたショルダーバッグには隠しカメラを仕込んで。

「お前はこのカメラを使え」

先輩探偵にホイッと渡され、ぶっつけ本番で撮影。

失敗は許されない緊張で内心ヒヤヒヤ。

自慢じゃないけど1回も尾行はバレたことがない。

そう、わたしは尾行が得意だった。

まぁ、そもそも日常生活で自分をつけている人がいるなんて思わないだろうけど。

探偵事務所では初体験したことがたくさんある。

車の下にもぐり、発信機をとりつけるのだってそう。

工作の一環で行った逆ナンパもこのときが初。

道端でターゲットに近づき、携帯番号を聞き出すというものなんだけどね。

もちろんシナリオなんてないし、ヘマをしたら全てが台無しになる一発勝負。

がしかし、わたし失敗しませんから(笑)

不倫現場をおさえるために、ラブホテルの駐車場で張り込みをしたこともある。

ターゲットを待つ間、車内でおにぎりを頬張り。

昭和の刑事ドラマみたいな時間も意外と楽しくて。

不倫現場を押さえた写真やビデオを依頼人に見せると

浮気してたのね、はいはい。

これで終わるケースは少なく

いっそのこと別れさせてよ!

なんて別れさせ工作に発展するパターンが主。

中には離婚への決定打がほしいだけという依頼人もいたけど。

別れさせ工作は、カップルとなるターゲットの親密具合を含め身辺調査を行った上で、どんな工作をするか決める。

片方にハニートラップを仕掛けることも。

さっき書いた逆ナンパはまさに別れさせ工作の一環。

ちなみにわたしのディズニーシーデビューは、工作で近づいた男性ターゲットとだった。

正直テーマパークには全く興味がないわたしだけどさすが夢の国、仕事を忘れて楽しんでしまった自分が恥ずかしい。

アトラクションに乗っているときキスされそうになり、あれには驚いたっけ。

デートという名目なんだから、多少のことは想定してたけど、まさか真面目くんタイプの人が大胆な行動に出るなんて想像しておらず…。

まぁ手は繋いだけどね。

それもお仕事のため。

工作といえば別れた相手との復縁工作なんてのもあった。

これは別れさせよりも難易度が高くなる。

愛想をつかした、他に好きな人ができた、元から不倫関係だった…など様々なケースがあるわけで、一度壊れた関係を修復するのは簡単ではない。

復縁したい相手と仲良くなり事情を聞き出す、場合によってはハニートラップをかけたり、できる限りのことはしたけど。

最初にストーリーの大枠は決め、細かな部分は状況に応じて作戦を練る。

人の心ほど変わるものはないからね。

依頼人の希望を取り入れながら工作内容を一緒に考え、費用はブロック分けした工作内容をその都度払い。

別れさせる、ヨリを戻すというゴールが達成する前にもうこれ以上出せない…となれば途中でも工作は終了する。

100万単位のお金が簡単に動くから、先に資金が尽きるパターンも少なくない。

本来なら目的が達成しないと依頼人としては不満が残るところだけど、あの事務所ではわたしの知る限りクレームを受けたことは一度もない。

なぜなら工作をしつつ、依頼人の意識改革というかカウセリングも念入りにしていたからだ。

だって考えてみてほしい。

別れた人とやり直すのって、他人の力でどうにかならないことの方が多い。

別れさせだってそう。

当人同士の親密具合によるもの。

ちょっとした亀裂を入れることはできたとしても、別れるかどうかなんて最終当人にしかわからない。

だから無理ゲーそうであれば、依頼人の意識を変えるようなカウセリングや、自信をつけてもらえるようアドバイス。

最終地点を別れさせや復縁ではなく他に移す。

もう恋愛アドバイザー気取りですよ。

自分のことはさっぱりでも、他人の案件なら冷静になれるってか(笑)

たとえ工作半ばで終了しても、結果的に依頼人が満足してたからクレームにはならなかったのよね。

ユニークどころでいえば、同僚が昇格するのを阻止してほしい、という変わった依頼もあったな。

とまぁ探偵とは、依頼人のリクエストにお応えする何でも屋のように感じた。

某有名スポーツ選手のゴーストライターもやらせてもらいまして。

メディア出身の社長のツテで週刊誌の連載を請け負っていたのもあり、スポーツ選手のコラムを書かせてもらえる機会があったのだ。

「君の文章悪くないよ。慣れればもっといい記事が書けるようになる」

今でも社長がわたしにかけてくれたこの言葉を鮮明に覚えている。

人生とはおもしろいもので、そのとき興味がないことでも経験しておくと後々役に立ったりすんだよね。

まさにライティングがそうでスキルはさておき、まさか自分がライターをしたり、ブログを書くなんて思ってもなかったし。

他事業で経営していたBARではバーテンダーにも挑戦。

今じゃすっかり忘れたけど、シェイカーを振ってお洒落なカクテルなんぞ作り、専用のナイフで角氷をロックに使う丸アイスへと削る方法も覚えた。

このバーで働くようになってからウィスキーの美味しさにハマり、一時ウィスキーのストレートばかり飲んでいた20代前半の小娘。

探偵事務所でたくさんの経験をさせてもらえたことは感謝している。

もっと真剣にやっておけば、将来使えるスキルになったかもしれないと思うと後悔だけが残るけどね。

働いていたバーの隣にあったSMクラブの女王様にSMとはなんぞ、を教え込まれている場合ではなかった(笑)

アットホームで働きやすい職場。

なぜ離職したのか?

それは悪徳探偵事務所に興味がわいてしまったから。

正気か?って感じよね(汗)

あの頃のわたしはどうかしてたわ。

悪徳探偵があるというのを知ったのは、何人かの依頼主から似たような話を聞いたからで…

「実は御社にお願いする前、他の探偵に依頼したけど、ちゃんと調査していないような気がしまして」

調査や工作をしたふりをして、適当な報告書をあげているらしい。

そして聞く名前は同じ事務所。

…悪徳探偵ってあるんだ。どれだけ酷いのか気になる…。

わたしの悪い癖。

気になると知らずにはいられないが止まらなくなり退職。

結局その悪徳事務所にアプライすることなく、AV女優プロダクションで働くことになるんだけどね。

探偵失敗編へと続く。

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