社会人のわたしがロサンゼルス留学を決めたわけ【ビザ編】

「これが今までの人生で一番高い買い物か…」

エージェントに送金した語学学校ELSの学費支払いレシートを見てポツリ独り言。

実家の最寄駅前にある銀行をあとにしたわたしはブツクサ言いながらバス停の時刻表に目をやる。

「げっ、次のバス来るの50分後なの⁉」

実家方面を通るバスの本数が異様に少なくて、時間帯によっては1時間に1本しかこない。

とんだ田舎だ。

コンビニだって車がないとキツイ。

徒歩10分圏内に何軒コンビニがあるんだよ!っていう新宿とは大違い。

まぁ、これが田舎あるあるよね、なんて思いながらバスを諦めトボトボと家路につく。

駅から家までは徒歩25分くらい。

ポカポカと心地よい春の季節には散歩するにちょうどいい距離感じゃないか。

そう自分を納得させる。

約100万か…思いきっちゃったかな。いや、これは未来への投資で今わたしに必要なもの。やるしかない。

そんなことを考えながら家まで続く桜並木を歩いた。

帰ったらビザ申請準備はじめるか。

目次

学生ビザ申請

目の前にある何ページにも渡る記入書類をただ呆然と見ていた。

「マジか…こんなに提出書類があるわけ?」

エージェントから送られてきたDS-160の質問書とやらを斜め読みする。

DS-160とは渡航歴、職歴、日本で連絡のとれる連絡先2名(家族、親戚は除く)など個人情報を記載するビザ申請に必要な書類。

渡航歴、職歴を1つ1つ何年何月と細かく記入する作業は、履歴書を書いているかのようで年号表とにらめっこしたり、時系列にそって記憶を遡る作業にえらく時間を費やした。

軽く2時間は経っただろうか…。

ようやくシートに記入が終わり用紙をもってコンビニへ行きエージェントにFAX。

FAXって。

時代のアナログさを感じる。

自分でビザ申請をするなら必要情報の入力、申請費用支払い、ビザ面接予約をすべて下記のオンラインサイトで行える。

DS-160申請サイト

ビザ用の写真は規定のサイズがあるし、ちゃんとしたものがいいと思い写真スタジオで撮影してもらうことに。

前回の大阪編はこちら。

続きものなのではじめを見逃した方は第1話をどうぞ。

学生ビザ面接

ビザ申請はエージェントにお願いしていたので、わたしは指示に従い必要書類を提出しただけ。

正直、自分でやろうと思えばできただろう。

けど年齢的にもビザ却下リスクがあることを聞いていたし、ヘマはしたくない、申請の仕方を調べる時間がもったいない…もろもろの不安を申請代行費14,800円で払拭してくれるというのだから乗っからない手はなかった。

ビザに必要な書類一式の提出が終わったあと、エージェントから面接候補日が送られてきたので希望日をピックアップ。

そして2010年6月14日が運命を決めるビザ面接日となった。

地下鉄御堂筋線の淀屋橋駅を下車し、1番出口から地上へ出る。

360°全面にそびえたつオフィスビルの窓ガラスに反射する日光が目をさす。

御堂筋を梅田方面へ進み土佐堀川にかかる橋を歩くと左側にクラシカルな建造物、日本銀行大阪支店旧館が見えた。

久々に都会へ出てきたからか、面接のせいなのかとにかく緊張で心臓をバクバクさせながら面接会場へと歩く。

10分ほどすると警察官らしき人達が数人、灰色コンクリートの大きなビルの前に立っているのがわかった。

そこが面接会場の大阪領事館。

領事館入り口でビザ面接で来たことを伝えると、時間になったら呼ぶからそれまで待ってろと指示を受ける。

どうやら時間にならないと中へ入れないらしい。

なかなか厳重体制だ。

しばらくすると呼ばれ荷物検査後、建物の中へ。

必要書類の提出、指紋採取など面接に進むまでにいくつか工程がある。

次は何階で指紋採取を行います、といった感じに職員さんが誘導してくれるので、面接者はベルトコンベアーに乗せられているかのように流れ作業をするだけ。

全行程を終えいよいよ最終、ビザ面接を残すのみ。

ここが面接場なの…⁉

目の前に広がる光景に、わたしはスーッと血の気が引くのを感じた。

面接場と指示されたところには、銀行の窓口みたいに職員が各ブースに着席し、レーンごとに面接者が縦に整列し並んでいたのだ。

面接って個室じゃないの…⁉ 仕切りがないから面接風景丸見えじゃん。

予想外の展開に驚きをかくせないわたし。

面接者は並んでいる人たちに背を向ける形でインタビューが行われているから表情までは見えない。

ただ遮るものが何もなく静寂したその場所では、面接者がどう答えているのかはっきり聞こえた。

5名ほどいた面接官は男性、女性、アジア人、白人、性別や人種は様々。

耳を澄ますと英語で話しかける人もいれば、日本語で質問をする面接官もいることがわかった。

なんだ…エージェントからは面接は英語の可能性が高いと言われてたから、もらった面接質問集英語版を何度も聴いてイメトレしてきたんだけど、ひょっとしたらこの出番はないかも?

どうか神様、日本語を話す優しい面接官にあたりますように…!

心の中で何度も念じながら面接の様子をじっと観察。

面接理由がよくわからないと厳しい口調で何度も質問され、しどろもどろになっている面接者。

面接官によって口調や態度が全然違い、高圧的に質問攻めする人がいたり、やる気なさそうに話す人もいる。

どうかわたしにはお手柔らかな人でお願いします!

心臓の心拍数が最高潮に上がる。

そしてきたわたしの番。

口から心臓が出てきそうなくらい緊張しながら面接窓口へと一歩踏み出した。

面接官は少し小太りなおじさんで人種は覚えていない。

「留学期間はどれくらいですか?」

面接官の口から発せられた日本語に内心思いきりガッツポーズ。

いくらエージェントの面接質問虎の巻があったとはいえ、わたしの英語力なんて中学生以下のかなり乏しいものだから、英語で質問された日にはYesしか言えない状況だっただろう。

しかもYesと言っちゃいけない質問にもYesと答えてしまいそうなお粗末な英語力ときたもんだ。

日本語でいいんだとわかったときは心から安堵した。

留学期間、留学費用は誰が払うのか(自分と答えた)あと簡単な質問をいくつかされ面接は終了。

「1週間くらいでパスポートが返送されます」

面接官の言った意味がよく理解できない。

「それってビザがもらえるということですか?」

確信的なものがほしくて質問する。

「そうですね」

多くを語らない面接官。

あ…わたしビザとれるんだ。

浮き立ってわたしは清々しい気持ちで領事館をあとにした。

面接官のいう通り1週間後、実家に届いたのは学生ビザのステッカーのようなものが貼れたパスポート。

これでわたしのロサンゼルス行きが確定し残すは渡米のみとなる。

おまけ

今日もお気に入りのメロンパンを1人無言で頬張る。

いつものように地下鉄丸ノ内線新宿駅から山手線へ向かう途中にあるパン屋さんに立ち寄り大好きなメロンパンを買う。

パンのはいったビニール袋をカバンに押し込み小走りに新宿駅へ。

定時は11時~21時。

朝現場がない日は11時に出社すればいい。

うちの会社は恵比寿西口改札から徒歩5分くらいと好立地、デザイン性の高いオフィスがお気に入り。

エレベーターを降り受付さんを横目に軽く会釈したあと自分のデスクへつく。

そして1人無言でムシャムシャとメロンパンを食べる。

これがわたしのモーニングルーティーン。

マネージャーとして働くようになり1か月くらいが経っただろうか。

いつものようにメロンパン片手にパソコンを開きその日のスケジュールをチェック。

ふとパソコン越し、視界の上の方に何か気配を感じる。

まぁ、いいやと無視していたが”それ”はドンドンわたしの方へ近づいてくる。

気になり顔を上げてみると、天井に突き刺さりそうなくらい尖った、夜会巻きモリモリのピンヒールを履いた女性が目の前に仁王立ちし、上からわたしを見下ろしていた。

顎が隠れそうなくらいのふわっふわした立派なファーがぐるりと首を巻いたコートを着たその女性は、銀座のクラブにいそうな風貌でキリっとした細い眉、目尻を跳ね上げるアイライナーに猫のような瞳、瞬きするたびにバサバサと音を立てそうなほどのまつげ…昼職に似つかわしない出で立ち。

彼女がわたしより1か月くらい前に入社した先輩Fさんだ。

個人で立ち上げたプロダクションでセクシーモデルのマネージャーをしていたところ、うちの社長に引き抜かれ移ってきた、そんな感じに聞いていた。

わたしが苦手とするタイプの容姿だから関わらないできたのに一体なんだ?

不思議そうに見上げるわたしにFさんが一喝。

「あのさ、あなたに足りないものは笑顔、挨拶、感謝だよ。こんな当たりまえのこと、どうしてできないの?」

え?いきなり何言っちゃってるの?…この人。

そんな表情でFさんを見ていたように思う。

無言のわたしにFさんは続ける。

「だからさ、いつも出社しては誰にも挨拶することもなく自分の席についてぶすっとメロンパンを無言で食べてるじゃん」

「おはようございます、それくらいの挨拶もできないわけ?」

これまでわたしは他人から自分自身の態度について叱られたことがなく、言われるとしたら「Reikoちゃんって変わってるよね~、面白いね」くらい。

人とは違うんだ、人の指図なんて受けない、そう思い好き勝手に生きてきたわたしは、まるで笑ゥせぇるすまんに”ドーン”って指をさされたような感じで、ズドーーーーーンと衝撃を受けた。

ダメージ10000くらいの攻撃をうけたわたしは何も言い返すことができず、ただ口をポカーンとさせるだけ。

マネージャーのお給料は固定給+売上に対するコミッション制。

売り上げをあげれば上げるほどお給料となり跳ね返ってくる。

これは個人戦ってわけね。だったら他のスタッフと絡む必要なんてないじゃん。わたしは自分のやり方で売り上げを立てる、ただそれだけのこと。

仲良くして何になる?自分の売り上げをつくるのはわたしであって他人じゃない。だったらわたしのペースで勝手にやらせてもらうだけ。

そう思っていたから同じ会社で働く社員に全く興味がなかったし、関わりをもってこなかった。

それがどうだ今、目の前に立っているFさんはわたしに笑顔、挨拶、感謝が足りないって言ってるじゃないか。

そんなものこの仕事に何の役に立つ??そう思うのと同時に、他の人にとってわたしはそんな風に映っているとわかりショック。

たしかFさんの座右の銘は”笑顔、挨拶、感謝”と言っていたような気がする…。

「あなたね、いい年してそんなこともできないなんて恥ずかしくないの?人としての基本でしょ??」

わたしは人と群れるが大の苦手だった。

今でも得意じゃないから友達も多くはない。

いつからこんな人間になってしまったのだろう…。

女の子社会というのは実に面倒なことが多く、小さい頃から息苦しさを感じていた。

特に中学校。

学校、クラス内は目に見えないけどはっきりグループ化されていて、例えば目立つ存在のかわいい子グループ、パッとしない地味なグループとかだ。

クラス替えがある新学期なんて、どの子と仲良くなればいい感じのグループに入れるかなとか計算して、みんな自分の居場所を確保するのに必死だったように見えた。

わたしはその雰囲気がもの凄く嫌いで。

「〇〇ちゃ~ん、一緒におトイレいこぉ~」

休憩時間のたびに群れをなし行動する”トイレ女子”なんてみるたび虫唾が走る。

でも内気で引っ込み思案なわたしは、スクールカーストに逆らい孤立して生きる勇気なんてない。

機嫌を損ねないためトイレ女子のお誘いにのることもあった。

女子ってなんてめんどくさい生き物なんだろう…そう思いながら。

わたしという人間はいつもちょっと冷めた目線で物事をみていて、意味もなく群れることに嫌悪感を感じていたから、必要以上に人と関わることをしてこなったのだろう。

でも結果それが極端に傾きすぎて、人として大切な部分が欠如した人格をつくりあげてしまったのか…?

…ハッと現実に戻る。

わたしがどんな感じに返答したのかは覚えていない。

おもしろいことにその一件からFさんと仲良くなり、しょっちゅう飲み歩いたり温泉巡りをするようになった。

わたしより少しだけ年上のFさんはお姉さんでありお友達のような関係で、今でも東京へいくと会っているし、ずっと仲良くしてもらいたい大好きな人。

欠落し最低だったわたしを人間らしく成長させてくれたのは誰でもなくFさん以外他いない。

前よりこましな人間になったわたしはこんなことにも気づいた。

それはグループみんなの助けがあったからこそ売り上げが立てられていたということ。

個人戦だと思っていた営業も、実は社員同士スケジュール調整やサポートしあっているからこそ立てられた売り上げだし、みんなでモデルのケアをするからこそモデルにお仕事を受けてもらえ、それが売り上げに繋がるわけで。

1人でできると思ってたことも、結局1人で成り立つものなんてどこにも存在しないと自分が部署をまとめるようになり痛感した。

やっぱり1人じゃ何でもできないんだ…。

いつも笑顔でいる人のまわりには人が寄ってきて、挨拶をすることで会話が生まれ人と繋がる、感謝”ありがとう”の言葉はお互いの心をほっこりさせる。

自分1人で生きていると思っていても視野を広げてみると、必ず人から助けられているとわかるはず。

人はみな支え合い生きている、そのことに感謝しなくちゃいけない。

”笑顔、挨拶、感謝”

これらはハッピーの連鎖が起こる基本中の基本だってことをFさんは教えてくれた。

わたしがいかに人として欠落していたのかわかるこんなエピソードもある。

仕事が終わりオフィスを出ようとしたそのとき

「今日、急遽会長のバースデーすることになったけどお前来れるよな?」

マネージャー時代、Fさんと一緒につるんでいたお兄ちゃん的存在のNさんがぶっきらぼうに言う。

「え?いや無理だよ。急すぎるしこっちにも予定ってものがあるんだよ」

当たりまえかのように断る。

「用ってなんだよ?」

少し荒ぶるNさん

「今晩、前々から楽しみにしてた”世にも奇妙な物語”の特別編やるんだよ。これを逃すわけにはいかないね」

「お前マジで言ってんのかよ?会長のバースデーよりテレビの方が大切だってか?」

「…うーん、でも前もって言ってくれればわたしだって予定空けたのに…いきなり今日は急すぎるよ」

「とにかくわたしは帰るから、じゃあ!」

結局、バースデーに参加せずそそくさとオフィスを飛び出した。

やばい!早く帰らなきゃ世にも奇妙な物語が始まっちゃう!!

実はそのバースデーはチーフマネージャーや会長に近い人だけ集められた大切な会だったということが後にわかり、わたしはテレビがみたいという理由で来なかった最低な奴というレッテルを貼られた。

今じゃ自分のとった行動にガクぶるだけど、当時のわたしは優先順位ってものさえ判断できないヤバい人間でした。

東京で学んだ大人の階段を上る第3ステップ。

”笑顔、挨拶、感謝”

渡米編へと続く。

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