社会人のわたしがロサンゼルス留学を決めたわけ【準備編】

ロサンゼルスで味わった興奮冷めあらぬうちに、とある留学エージェントにコンタクトをとった。

1つ、留学エージェントとして職を得ているわたしからのアドバイスしておこう。

エージェントの数なんて掃いて捨てるほどあるんだから、何軒も問い合わせをして一番しっくりくるところに手続きをお願いするといい。

留学エージェントのタイプは大きくわけて現状この2つだろう。

手数料ゼロで学校手続きをしてくれる無料系、学校申し込みからビザ申請など、留学に必要なものをひとまとめにしてパッケージ料金を設定しているところに分けられる。

自分でできることは自分でやって費用を最小限におさえたいなら無料系、めんどくさい手続きはすべてエージェントに任せるならパッケージ系を選ぶといい。

タイプを絞ったら、同じような留学エージェントに片っ端から連絡をしてみる。

正直なところ同じ系統のエージェントなら選ぶポイントは、カウンセラーがどれだけ親切でいかに信頼がおける人なのか?これに尽きる。

自分に合うカウンセラーのいるエージェントで、留学準備を進めてみよう。

学校選びからビザ申請まで全て自分1人ですることだってできる。

そしたら余計なお金はかからない。

時間に余裕があって、情報収集力に長けている、面倒な手続きも苦にならないのであればこの方法でいいだろう。

ただし!20代後半以上、渡航歴が多い、ダンス、美容系、デザイナーなど手に職ある、どれかに当てはまりアメリカ留学をしたい人はエージェントに相談して学生ビザを申請したほうが安全。

なぜならビザ却下率がグンと上がるし、ビザ取得のために追加で準備しておくものがあるからだ。

ちなみにこのサイトで留学の集客は全く狙っていないので正直に書かせてもらう。

さて本日の本題、どのように語学学校を決めたのか?わたしのとった行動を話していくとする。

前回のお話【視察編】はこちら。

続きものなのではじめを見逃した方は第1話をどうぞ。

目次

ロサンゼルス語学学校を決めるまで

まずわたしがしたこと。

①留学説明へ参加

留学について何の知識や情報もなく、正直何からはじめればいいのかわからなかった。

そんなとき、インターネットでエージェント主催の留学説明会があると知り申し込んでみることに。

「きっとこのセミナーで留学の手順や方法など、有益な情報が得られるに違いない」

当時、新宿に住んでいたわたしは、そのエージェントのある秋葉原まで運動がてらに、小さな折りたたみ自転車で向かった。

新宿からアキバまで山手線で14駅あるってのに、あのときのわたしはどうかしてたんだと思う。

ロサンゼルス視察での余韻を楽しみ、留学生活を妄想しながら自転車を走らせていると、中間地点くらいまではすんなり辿りついた。

だが後半戦、ろくに運動をしてこなかったわたしには無謀なチャレンジだったのか、お尻が痛くなってきたのと足がプルプルしはじめ、このまま自転車を捨てて電車に乗り換えようか…なんて頭をよぎるように。

結局そうこうしているうちに、秋葉原に到着したわけだが。

秋葉原駅前のワチャワチャした感じとは異なり、静かで無駄がなく殺風景なくらいシンプルなつくりのオフィスが、どうやらそのエージェントの所在地らしい。

セミナー参加希望と伝えると会議室のようなところに案内され、そこには20代前半であろう若者10数名が静かにパイプ椅子に腰をかけ、手元に置かれた資料に目を通していた。

実のところ説明会の内容はどんなだったのか覚えていないが、ロサンゼルスの治安、留学費用など説明していたように思う。

セミナー後、質問がある人は個別に無料カウセリングを受けられるとのことだったので早速お願いしてみることに。

カウセリングではまずわたしが知りたかった何から始めればいいのか?をクリアにしてもらった。

どうやら流れはこうらしい。

  1. 語学学校を決める
  2. 学校へ申し込み、授業料の支払い、I-20取得
  3. 学生ビザ申請、面接
  4. 海外旅行保険(留学保険)に加入
  5. 渡航

余裕をもって渡航半年前から準備をはじめるといいとわかり、カウセリングを受けた2月末から計算し、渡米を9月と決めた。

ざっくりとした流れがわかったところで、費用、治安、立地など語学学校選びにおいて重視するもの、これは外せないという条件があるかを質問され、わたしはこう答えた。

  • 費用が高すぎない
  • アジア人率低め
  • 講師と生徒の仲が良いアットホームな学校

ロサンゼルスで語学学校6校通い、エージェントとして各校の国籍比率を知っているわたしから言わせると、ロサンゼルスでアジア人率低めな学校を探すのは容易なことではない。

特に日本人が少ない学校に行きたいという希望をよくもらうが、日本人がウジャジャいるロサンゼルスで、それを極力避けるなんてまぁ無理難題なわけで。

どうしても日本人の少ないところで学びたいのでれば、語学学校の登校初日に行われるレベル分けテストで良い成績をとり上のクラスに入るしか他ない。

日本人生徒はだいたい中間レベルからスタートするので、必然と真ん中レベルに日本人が集まりやすいのだ。

大学生が休暇を使って短期留学をする夏の時期は特に日本人が増えるので、ここを避けるのもアリ。

勇気がいるけど英語スキルを一気に上げるなら、思いきって日本人の少ない州に行くのも効果的だろう。

昨年わたしが1年間住んでいたアリゾナ州は、ほぼ日本人を見かけなかったのでおすすめ。

ご縁があり知り合った日本人女性で、アリゾナの学校に通っていた元留学生がいる。

どうしてアリゾナを選んだのか?その理由を聞いてみたところ、日本のエージェントに日本人の少ないエリアに行きたいというとアリゾナの学校を紹介してもらったらしい。

なんと素晴らしい!

案の定、日本人はかなり少なったみたいなので英語がグングン伸びたそう。

ただし!日本人が少ない=日系スーパーやレストランがないかもという点は忘れちゃいけない。

現にわたしが住んでいたフェニックスには日系スーパーがなかったし、一番近い日系スーパーまで車で約30分の距離。

しかもコンビニサイズで品揃えが乏しく、生鮮もない全く役立たずのスーパーだった。

豆知識として日系スーパーが微妙でも、ちゃんとした韓国スーパーがあれば十分生きていける。

というのも韓国スーパーにいけば、醤油や白だしなどの調味料など必要なものの8割は手に入るからだ。

…話を戻そう。

「いろいろな学校を紹介してもらったけど、イマイチ想像つかないし、こりゃ実際自分の目で見てみないとわからんな…」

再度、学校視察に行くか…そう思った矢先、どうやらそのエージェントが学校見学ツアーを行っているというではないか!

そうこのエージェントを選んだ理由は、学校申し込み手数料が無料である上に、ロサンゼルスにオフィスがあり現地に詳しいと思ったから。

ということで、帰国から1か月もたたないうちに学校見学のため再度ロサンゼルスへ飛んだ。

②ロサンゼルス語学学校見学

わたしの希望を元に紹介してもらい、絞ったのはこの4校。

  • EF Redondo Beach
  • ELS Santa Monica
  • ELC Westwood
  • POLY Los Angeles

ちなみに現在EFレドンドビーチ校、ELCウエストウッド校は閉校。

学校見学にいった2010年3月のロサンゼルスは真夏か?ってくらい暑かったのを覚えている。

30分くらい外を歩いただけで、首元が真っ赤になり見事タンクトップ焼けをした。

アラサーにとって日焼けはシミになる強敵以外何者でもなくて、かなり気をつけないといけないところなのに、わたしときたらロサンゼルスの紫外線を完全に舐めきり、あろうことか日焼け止めを塗らずに外をほっつき歩いていたんだ。

身をもってお勉強させていただきました。

さて、学校見学当日。

現地エージェントさんに滞在先まで車でお迎えにきてもらい見学スタート。

わたしとエージェントさんの1対1だったので道中、ロサンゼルスや留学について情報を聞きまくった。

1軒目:EF

ロサンゼルス空港から車で約20分南下すると、EFのあるレドンドビーチに到着。

レドンドビーチは日系企業が集まるトーランスというエリアに位置し、日系スーパーやレストランが多く日本人には住みやすい場所だ。

1年くらいトーランスに住んでみてわかったこと。

ぶっちゃけ英語を使わなくても日本語だけで生きていける、ってかあそこは日本だわ。

こじんまりとした真っ白の建物に入ると、スカイブルーのポップ、鮮やかなグリーンの植物、ヒトデの装飾などでデコレートされ、いかにもカリフォルニアのビーチタウンといった、ゆるーい雰囲気を漂わせているEFのキャンパスがあった。

「ここはヨーロピアンが多く、日本人率が低い学校なんです」

エージェントさんのその言葉がグッと胸に刺さる。

清潔感のあるキャンパスだし、大きすぎずアットホームでわたしの理想にピッタリだ。

ここはキープしておこう。

2軒目:ELS

前回のロサンゼルス視察で留学先をLAに決めた大きな要因でもある、大好きなサンタモニカにELSはあった。

ビーチに一番近い通りがオーシャン・アベニュー、そこから2、3、4th Streetと順番に数字が増えていくので、数字が大きくなるにつれビーチから離れていく。

ELSのキャンパスがあるのは2nd Streetだから限りなくビーチに近い。

実際サンタモニカビーチまで徒歩5分もあれば着く。

しかも3rd Streetはサードプロムナードという、アパレルショップ、レストラン、カフェが4ブロック内にずらーっと並ぶお買い物天国通り。

「放課後はビーチにショッピングも楽しめるのか~」

駐車場からELSに向かう途中、サンタモニカの街を歩きながら心が躍った。

高い天井にレンガの壁がスタイリッシュでおしゃれなキャンパス。

オープンスペースにドドンと設置された数十台のテスクトップ、そして程よい教室数。

「ここはオリンピック水泳メダリストも通っていた学校なんですよ」

エージェントさんが小声で教えてくえた。

ほぇ~、そんな人も来るのか。

この学校に通ってお友達と放課後ビーチや買い物を楽しんでいる充実した留学生活が思い浮かぶな。

3軒目:ELC

サンタモニカから内陸へ20分ほど走った、名門大学UCLAのお膝下ウエストウッドにELCはある。

学生街でビジネス街でもあるこのエリアは高層ビルが多く、キャンパスも大きなビルの中に入っていた。

1フロアを貸し切ったキャンパスは当時20室以上の教室があり、まるで迷路のよう。

サンタモニカのELSにすっかり気持ちが持ってかれたわたしにとっては、どこを見てもあれ以上に響くものはなかった。

だが後にELCにも通ったわたしは素敵な出会いもありこの学校が大好きになる。

4軒目:POLY

失礼極まりないけど、まったく記憶に残っていない学校がPOLY

留学エージェントとして働くようになってからも、学校見学にいったけどそれでも記憶に薄いところで…。

通っていた生徒さんから良い評判を聞いたことがないので、今でもお付き合いはしていない。

「今日4軒まわってみて気に入ったところはありましたか?」

聞かずともわたしのはしゃぎ具合をみていたらわかっていただろうけど、予想通りの回答をエージェントに返した。

「わたしサンタモニカのELSに決めます!」

ELSを決めた理由は、サンタモニカビーチがすぐそばという最高のロケーションと、今はキャンパスを移動させたのでまた違った雰囲気にはなったが、当時のELSキャンパスのおしゃれさに惹かれたから。

10年前の授業料だが半年で100万円近くを払ったので、ロサンゼルスの語学学校では上位に入るくらいお高い学校。

しかも12レベルあり生徒数も多くアットホームな感じでもない。

人気エリアのサンタモニカだから日本人も多く集まるわけで、わたしが希望した学校選びの条件からは当てはまるものはなかった。

でも自分の目で見て納得し決めたのだから不満はなかった。

実のところ見学前はEFが最有力だった。

人から聞くだけの情報と自分の目で確かめるのとでは、どうしてもイメージの差が生まれてしまう。

もし時間やその他もろもろ兼ね合いがつくなら、学校を決める前に見学に行くことをおすすめしたい。

なんて言いつつ、実はELSをたった3か月で辞めてしまったんだけどね。

この理由については留学編で触れていこう。

渡米までにしたこと

留学先、語学学校も決まった。

あとは手続きを進めていくのみ!

入学手続きは英語でのやりとりになるし、ビザ面接に落ちたらESTAでさえも今後10年くらいはアメリカに入国できない可能性もあるので、経験や知識豊富なそのエージェントに引き続きお任せした。

カウセリングから手続きまで担当してくださったカウンセラーは、メールの返信がとても速く的確にわたしの疑問に答えてくれたので信頼できた。

もしこれがイマイチ信用のおけない人なら、他のエージェントにも問い合わせをしただろう。

マネージャー時代、プロダクションの社長が常に言っていた言葉が染みつき、今でも仕事におけるわたしの基本をつくっている。

「メール返信は誰よりも早く!レスポンスの遅い人間はチャンスを逃し、誰からも信用を得ることはできない」

本当そうだと思う。

返信の遅い人って適当なんだろうなって思うし、仕事ができる人はレスポンスが鬼早だ。

といってもこれは、仕事での話でプライベートはまた別なんだけど(笑)

ちなみに担当してくれた当時チーフマネージャーだったカウンセラーさんは、今ではその会社の社長になっている。

やっぱり。

エージェントとはもうメールのやりとりだけでいけるし、無職になったわたしにとって東京に住み続ける意味はないのでマンションを引き払い、渡航までの約半年間実家のある大阪へと住居を移すことにした。

こうして7年半過ごした東京生活に幕を閉じたのである。

留学資金はいくら?

わたしが留学資金として用意したのは650万円。

毎月の生活費を20万円としたら年間240万円の出費。

ひょっとしたら生活費がもっと必要になる可能性はあるし、お友達と旅行へいこうなんてあるかもしれない。

何があるかわからないからこれくらいを留学資金として確保しておくことに。

とはいえ、実際のところ1年間で使ったのは450万円だった。

贅沢をしなければ月20万円くらいで生活できなくもない(ただし学費は除く)

1か月の出費を記録したノートを見つけたので、内訳を別ブログに公開しよう。

ビザ取得の成功率をあげるポイントは、現地で働かなくても生活していけるだけの十分な蓄えがあると証明すること。

アメリカの場合、留学期間半年で300~350万円、1年で600万の残高証明書が最低ライン。

これ以上あればあるほど良い。

学生ビザをもっている生徒はオンキャンパス以外、原則アメリカでは合法的に働けないので、誰の援助も受けず自力で留学をするなら、ある程度まとまった資金を用意しておく必要がある。

おまけ

「餃子と半チャーハンください」

いつものカウンターに座り、お決まりのメニューを注文。

”福しん”という新宿小滝橋通りにある中華の定食チェーン店は、仕事帰りや休みの日さっくり食事を済ませたいときによく利用させてもらったお店だ。

手書き風の女性アイコンが独特で、色褪せ気味のブルー看板が目印。

おしゃれとは程遠く”1人福しん”をしているところを知り合いに見られようもんならだいぶ恥ずかしいな…そう思っちゃうようなところ。

決して広くない店内はカウンターがメインで、たしかボックス席も数席あったように思う。

懐かしくなりウェブサイトでメニューをチェックしてみたら、手もみラーメン390円と相変わらずその安さをキープしていることに驚いた。

餃子は6個で200円。

何度も足を運んだけど、20代女性1名様というのはいつもわたしくらいで、サラリーマン風や学生いずれも男性しか見たことがない。

朝からおじさんに紛れて松屋の朝定食を食べることに何の抵抗もないわたしにとっては、福しんで女1人だろうがそれがどうした?ってなもの。

でも知り合いには見つかりたくないんだけど(笑)

「半チャーハンお待たせしました~、餃子すぐ上がりますので少々お待ちください」

いつもそうだ。

餃子とチャーハンが一緒に出てくることはまずない。

まぁ、チャーハンが出てくるのが異様に早いだけか(笑)

余談だが東京時代、1人暮らししていたマンションにはお湯を沸かすための小鍋1つ、それ以外の調理器具は一切なかった。

まったく料理をしない、できない、興味もない女がわたしだ。

それが今じゃ毎日のように楽しんで料理をしているわけだから、人間何があるかわからない。

東京最後の食事を何にしようか考えていた。

同じく小滝橋通りにあった”もちもちの木”というラーメン屋さんがふと目に浮かぶ。

「いや待て、あそこは行列のできる人気店だし、スープが激熱すぎて食べるのに時間がかかる」

もちもちの木のラーメンはふわ~んと優しく香る魚介と、上品な醤油だしが絶妙なコンビネーションの中華そばが売りだった。

おそらくスープの上に熱々の油でも注いでいるんじゃなかろうかというくらい、激熱すぎて慎重に食べ進めないと舌をやけどしてしまう。

はじめて食べた日、思いっきりやけどをしたので猫舌のわたしにはハードルが高いお店。

ということで、さくっと食べられる福しんを選んだ。

東京最後の日だというのに、もっと特別なモノを食さないのか?そう思うだろう。

実は大阪へ引っ越す日だというのにまだパッキング途中で、最後の食事を楽しむ時間なんてなかったのだ。

激務に疲れ果て山手線で危うく寝過ごしそうになる睡魔と戦いつつ、フラフラになりながら新宿に帰り、かきこむように食べた福しんの餃子と半チャーハンは、楽しくも辛い濃厚な東京生活を思い出させる懐かしい味だったから、ここを選んだことに悔いはない。

「今までホント色々あったな…」

わたしは何だってできるんだから、きっと東京で成功する。

謎の自信だけをひっさげて大阪から上京した21歳の頃。

最初に就職した大手アダルトビデオ制作会社では良くも悪くもいい経験をさせてもらった。

撮影現場に行くたび直属の上司がわたしを指さしながらモデルさんに向かって言う

「こいつゴミなんですよ、だからゴミって呼んでやってください」

生まれてはじめてだった…こんな屈辱を受けたのは。

照明さんのいない現場で経験のないわたしに照明をしろとディレクターに指示を受け、想像だけでやってみたけどうまくいかず、何度もお尻や太ももを蹴られTシャツの首元をブンブンひっぱられたこともある。

「お前何もできないじゃないか」

根拠のない自信だけで伸び切っていた鼻は見事粉々に打ち砕かれた。

信じがたい状況に自尊心を傷つけられ、何もできなかった自分のふがいなさに落胆。

何度も大阪に帰ろうとしたけど、どの面さげて帰ればいいのかわからなかったし、何の成果もあげず根を上げた出来損ないに見られるほうがよっぽど恥ずかしかったので帰ることはしなかった。

あるときその上司がわたしのことをなぜゴミ扱いするのか話してくれ、その内容に衝撃を受ける。

「お前が女全開で現場に来るからだろう。いいか撮影現場で一番目立つべきなのはモデルさんであってお前じゃないんだよ」

「俺らは引き立て役に徹するべきなのに、お前は何を目立とうとしてる?モデルにでもなったつもりか??」

ハッとした。

わたしはとんだ勘違い野郎だったことにはじめて気づく。

そりゃそうだ、露出のあるトップス、ドルガバのロゴがデカデカとはいったパンツ、ディオールのデニムやTシャツとか明らか場違いな格好をしてくる雑用係がいたら浮きまくるに違いない。

これが最初に東京で学んだ大人の階段を上る第1ステップ。

”TPOをわきまえる”

留学準備【大阪編】へと続く。

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